彼らはきっと繋がっていた。

「もうイヤだ。縛られるのはもうイヤだ」 やたら涼しげな森の中。誰もいないのを良いことに我輩はつぶやいた。 「せっかく花を咲かせたアサガオは溶かされてしまうし、コートは雑巾。あんまりだ」 地面に生えている雑草を容赦なく踏みしめ、ブツクサいいながらどんどん歩く。 「気に入っていたのに。何でこう…ああ、とにかくイヤだ」 我輩の名はネヴィルである。通称ネヴィー。見てのとおり、森の中を歩いている。…正確には「早歩き」だ。 何も悪いことはしていないし、何も変なものを持っているわけでもない。しかし、今の我輩の姿を人が見たらどう思うだろう。 腕を縛られて胴体にピッタリくっつけた二十歳ちかい男が、長い髪を振り乱し、森の中を早足でブツブツ言いながら歩いてゆく。 さぞかし奇妙な光景だろう。特に腕、胴体にピッタリくっつけられていて動かすことが出来ない。だがこれ、我輩が好きでやったわけではない。 「そろそろ、いい…か?」 やけに大きな岩を見つけたところで、我輩は立ち止まって後ろを振り向いた。 そびえ立つ森の中の木々、それを超えてなおそびえる建物。一見すればそれは「城」 …いや、むしろ「要塞」だろうか。そう思ってしまうのは、我輩があの城でさんざんな扱いを受けてきたからであろうか。  実は、我輩はあそこの城から逃げてきたのだ。何故、何から、何のためにかというと――それはただ一人の少年の存在による。 我輩は、あの城にすむフリッツという名のお坊ちゃん…じゃない、少年に虐げられていたのだ。 いったい我輩が彼とどこで出会い、あの城に「軟禁」されるハメになったのかは、実はよく覚えていない。ただ気がついたら我輩はあの城にいて、傍にはフリッツがいた。不思議にも我輩にはそれ以前の記憶がない。 なにか事故にあって記憶喪失となり、それをフリッツが救ってくれたのだろうか。そう思ってしばしばフリッツに尋ねるも、明確な答えは返ってきたためしがない。 だが、仕方ない話かもしれない。なにせフリッツはまだ十二のガキ――いや、子供なのだ。 「あぁあぁ」 まだ幼さの残る彼の顔を脳裏に思い浮かべながら、我輩は岩のもとにしゃがんで深いため息を漏らした。 座って少し休みながら、自分の腕を拘束する、縄を解こうとがんばってみる。だが解けない。 「情けないのだ。こんな姿は…」 この縄は、フリッツにやられた。どこにも行くなと…家から出るなと、そう言って。 前は足を縛られていたのだが、長く縛られていたせいで少々うっ血をおこし、痛いといったら腕になった。 そのへんの言うことを聞いてくれるあたり、フリッツは本当は悪い子ではないと思うのだ。だがちょっとおかしいのだ。 具体的には、フリッツはやたら我輩を束縛したがる。そして妙なことに嫉妬する。 大切に育ててようやく花を咲かせたアサガオが、ナニカ変な液体をかけられて謎の融解をおこしたり、 気に入っていたコートを雑巾にされ、返せといったらそれをたたき付けられたり。 その後には決まって「ボクのことを見て」だの「そんなのどうでもいいじゃない」だの言ってわめいてくる。 それを目の当たりにするたび、どういう育て方をしたらこんな子供になるのだろうかと思う。 だが我輩は彼の「親」というのを見たことがなかった。 十二の子供が収入もなしに一人で暮らしていけるハズもないからどこかにはいるはずだ。 実の親でなくとも、例えば後見人とか…しかしフリッツはあのバカでかい「城」に一人きりだった。誰かと連絡をとっている様子も見えなかった。 実に謎が多い少年だが、我輩にとって重要なのは、彼が我輩にしてくることなのだ。 大事なものを壊されたり、ヒステリックな感情をぶつけられたり、束縛や軟禁をされるのはもう嫌だ。 彼は決して悪い子ではないのだが、それに我輩はもう耐えきれない。だから、こうして逃げてきた。 「はぁ…」 だが、どこに行くというアテもない。そもそも此処は深い森の中なのだ。 我輩は、前にも言ったように記憶がない。どこからどうしてこの森の中の、城に入ったのかサッパリ分からないのだ。 来た道が分からなければ帰る道も分からない。帰るアテもないし、自分はどこに行けばよいのだろう。いったいどこからきたのだろう。いくら考えても、全く思い出すことができない。 「むぅ」 眉間に皺をよせて考えるも思いつかない。逃げたいが、逃げていくアテがないなんて不憫な話なのだ。 そのときだ。 「ねぇ ここ どこ?」 我輩に問いかける声がした。 「!」 こんな森の中に――まさかフリッツ?! ギョッとして振り向くと、そこには少年…ではなく、一人の少女が立っていた。 年の頃は十三くらいだろうか。髪はおかっぱで見開かれた目の下にはクマがあり、病人ぽい。 着ている服は紫色のパジャマみたいなものだったし、足は裸足。更に体は痩せていて、そして――何より。 「誰なのだ?! そ、その腕は何なのだ」 …腕に関しては自分も拘束状態だから人のことは言えぬかもしれぬ。だが彼女の腕は我輩よりもっと酷かった。 右腕は普通だ。しかし左腕は。 「わたしの うで アームで できてる。でも だいじょうぶ。しんぱい いらない」 ヒトのそれではなく、一本の金属のアームだった。先には黒く猟奇的な鉤爪が三つついており、見た目がなかなか恐ろしげだ。 後ずさりする我輩とは逆に、彼女は左腕をゆらゆらさせながら我輩に近づいた。 「こわい かな。でも なにも しない」 「あ、ああ――」 「あなた」 彼女はふと、我輩のことをじっと見てきた。 「うで しばられてる。いたくない?」 「ああ、これか?」 言われて我輩は己の胴体を見た。解けないロープはしっかりと腕を胴体に縛り付けている。 「痛いというより、不便なのだ。できればこれを解いてほしいのだ」 我輩がそう訴えると、彼女は頷い右腕を伸ばした。 「うごかないで」 そういうと、アームの先にある鋭いツメでロープを両断した。それは驚くほどあっさりと解け、我輩は拍子抜けした。 こんなものに今まで縛られ、不便を強いられていたのかと思うと情けない。いや、でも結び目が硬くて… 「それより」 自分に自分で言い訳を重ねている我輩をよそに、彼女はロープを解くと首を回し、あたりをぐるっと見回すポーズをとった。 「ここ どこ? わたし 迷子に なったの。みち おしえて」 「迷子?」 「うん」 我輩のオウム返しに彼女はこくんと頷いた。 「ひとの いるところに いきたい。どこか しらない?」 ひたすら城と離れる方向で進んでいただけだから、この森を出る道なら我輩も分からない。 だが人のいるところなら知っている。我輩が逃げてきた、フリッツの城だ。 こうして会ったのも何かの縁、助けてあげるのが人道というものだろうか。しかし我輩とて逃げている身なのだ。 「我輩も道は分からないのだ。我輩も迷子なのだ」 我輩は彼女にそういって断った。 束縛を解いてもらってこんな仕打ちは悪いが、城には戻りたくないのだ。森から出る案内をしてあげれれば一番良いのだが――… 「ネヴィ、その子だれ?」 突然、聞きなれた声がした。 「誰なの、その子。どこからつれてきたの?」 「…?」 少女ではない。まだ高いが、これは少年。少、年…? 我輩ははっとして声の方向を見た。すると、オレンジがかった黄色い目と我輩の目がかちあった。 前髪がやや長い、くせっ毛のショートカット。胸元に大きなオレンジのリボンのある白いシャツを着た、彼は… 「ふ、フリッツ」 彼の姿を認識するや否や、我輩は本能的に数歩後ろに下がった。と、ガタンとかすかな音がして硬いものが手に触れた。 「――?」 何だと思ってみると、それはイスだった。森の中にイスが? いや違う。 今、我輩が――正確には我輩と少女が――いるのは部屋の中だった。 アンティークな壁紙は、昔は豪華だったのだろうが今は日に焼けて少し汚らしくなっている。 天井には一部が欠けたシャンデリアが、ぼーっとした明かりを室内に灯している。 この部屋はいやというほど見覚えがある。我輩が、フリッツに腕を拘束されて転がされていた場所だ。 だが、おかしい。我輩はここから逃げ、森の中の岩のかげにいたはずなのだが??? 「…何で」 「ネヴィ、教えてよ。この子だれ? どこから来たの?」 「彼女にしては年が離れてるよね。ネヴィーの友達? そうなの? ボク以外の友達なの?」 「聞いてる? ちょっと、ボクの話聞いてる?」 「…無視しないでよ。答えてよ、ネヴィー、答えてよ。どうして何も答えないの?!」 矢継ぎ早に質問を繰り返し叫ぶフリッツの声も、我輩には妙に遠くに聞こえた。ただ、なんだかイヤな気がした。 我輩は彼から逃げて森の中に逃げ込んだ。なのに、今逃げてきた元の場所にいる。何故だ…! 「ひどい」 ふと、低い声が響いた。 「ひどいよネヴィー。ボクの話ぜんぜん聞いてくれないね。その子のことで頭がいっぱいなの?」 「フリッツ…」 「ひどいよ!」 フリッツの声が、わーんと部屋に響いた。それは聞きなれた少年独特の高い声だったが、次にフリッツが出した声は先と同じ、脅しを含んだ低い声だった。 「そうか、その子がいけないんだね。その子がいるから、ネヴィーはボクのことを見てくれないんだ」 サッと、目の前を妙な光がよぎった。光を目でおうと、その正体は一体どこから出したのやら、フリッツが手に持つ包丁だった。シャンデリアのねぼけたような淡い光を変に鋭く反射している。 凶器を手にし、フリッツは一歩、また一歩と歩を進めた。 「この子が、いなくなればいいんだ。そうすればネヴィーはまたボクのことを見てくれるもんね」 「え…?」 「そうだよね。…だったら、早く始末しなくちゃね!」 「あーっ!」 その瞬間、我輩は思わず声をあげた。 「やめるのだ、フリッツ!」 と言った時には既に遅く、フリッツの包丁は、我輩の隣にいた彼女にまっすぐ向かっていた。 理不尽にも自分に向けられる凶器を見て、彼女は何を思っただろうか、それは我輩には分からないのだ。 だがとにかく、彼女は避けなかった。よけずにそのままフリッツの攻撃を右手で受け止めた。 「ひいっ」 我輩は次の瞬間、彼女の手から血が噴出すのを想像した。見ていられなくて、思わず手で顔をおおう。 これで何も見えないのだが、耳に飛び込んできた音は予想だにしないことだった。 金属と、何か硬いものが触れ合ったようなガツンという硬い音。 「……?」 床にボタボタ血が滴り、彼女が手をおさえ、痛みに呻いている嫌な光景を連想しつつ――恐る恐る目をあける。 「あっ」 目を開けて見て、我輩は短く声をあげた。 そこにあったのは先ほどの音と同じく「予想だにしない」光景だった。 なんと彼女は、フリッツの包丁を右手で受け止めていた。しかし、鋭い刃物を素手でおさえているのに、彼女の手からは血が一滴も出ていない。 皮膚は確かに見えている。だが、肌色の皮膚の下から見えるのは金属のナニカだった。  驚いた表情で固まっているフリッツと我輩をよそに、彼女は左手のアームを伸ばした。包丁を彼女の右手に残したまま、フリッツは猫の子のように抱えられる。 少女とフリッツは、身長も体格も大差ない。いわば互角の体系だが、そんな相手を彼女は楽々と持ち上げ、そして。 「!」 驚く我輩を尻目に、フリッツを我輩の隣においた。 「な…」 わけが分からないという風に目をぱちぱちさせているフリッツ。きょとんとした目で我輩を見つめてくる。 彼は、こうしていれば割と可愛らしいのだ。包丁なんて振り回すから怖いだけであって…じゃなくって。 「け、けが…!」 我輩はクルーの右手を凝視した。だが包丁で傷つけられた皮膚から見えるのは血でも肉でもなく金属片だった。 「ごめん ね。わたし ここに いちゃ いけない だった のね」 自分を傷つけたフリッツに怒るでもなく、彼女は淡々と言って踵を返した。その後ろ姿をしばし黙って見送り――しかし我輩ははっと気がついた。 彼女、どこへ行く気だろう? 人のいるところに行きたいと言っていたが、そもそも彼女は道に迷って此処に来たはずなのだ。案内なしで帰れるわけがない。 もちろん我輩とて道が分からないから教えることが出来ないのだが、もし森の中にまた帰る気だったら大変だ。ヘタしたら彼女はこの森の中で衰弱死だ。  一度は彼女を見捨てようとした我輩だったが、その時はとっさに彼女の安否を気遣った。ロープを解いてもらった礼もあるし、やはりかわいそうなのだ。 「ち、ちょっと待つのだ」 去ろうとする彼女をあわてて引き止める。 「帰るのはもうちょっと後にするのだ」 「え?」 「せっかく此処に来たんだから、ゆっくりするのだ。何もないけど、お茶とお菓子くらいは出すのだ。 手の怪我も心配だし、もう少しここにいればいいのだ。ほら、だって人のいるところに行きたいと言っていたなのだ」 「ありがと。でも わたし へいき」 不器用に少し微笑んで、彼女は言った。 「キカイ だから」 「へっ?」 「わたし キカイ なの。 だから けが しない」 「そ、そうか」 キカイ。それがどういう意味なのかまだよく分からなかったが、フリッツの前で彼女とあまり長いこと会話をしたくない。またフリッツが暴れだしたら大変だからだ。 幸いにもフリッツはいまだに硬直状態から完全回復しておらず、不思議そうに折れた包丁をなぞっていたが、これとて時間の問題なのだ。 フリッツをなだめるために、包丁の恐怖をおしてあえて彼の隣に位置し、その状態で彼女に言った。 「待ってほしいのだ。おねがいだから、もう少しここにいてほしいのだ」 「わたし ここに いても いいの?」 「もちろんなのだ。だから、ここで大人しくしててほしいのだ」 必死にジェスチャーを送る。 「そこのイスに座るといいのだ。我輩はちょっと、フリッツと話があるから」 「わかった」 彼女は大人しく、私が目で示したイスに座って我輩たちに背を向けた。 Next→ :Back to TOP: :Back to NOVEL-MENU:
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